ラストチャンス | 過食嘔吐が治った**あなたは私の日向です**

ラストチャンス

人の死というのは

本当に突然だ。


先日

以前バイトしていた店の常連のお客さんが亡くなったので

お通夜に行ってきた。

まだ44歳であった。

とても楽しく優しいお客さんで、

年配の常連客が多い中

若くしてもう10年以上も通う常連さんの一人である。

多い時は週に2~3回、少なくとも2週間に1回は顔を出す。

特定の女の子を気に入って来るというわけではなく、

店の雰囲気が好きなのだろう

どの女の子がついても喜んでくれて、彼の所はいつも明るく楽しい席だった。

私だけではなく、他の女の子たちも彼に対して恋愛感情を持って接したことは

ないと思うけれど、人としてみんな彼が大好きであった。

私は一度も彼が怒った姿を見たことがないが、

他の従業員に聞けば私が辞めてから一度だけあるのだという。

それは彼が接待で連れて来たお客さんの一人が、

自分の気に入った女の子が席に来ないことに腹を立てて

ママに文句を言った時である。

彼はそのお客を、店の中では迷惑がかかると店の外に連れて行き、

「俺の好きな この店を悪く言うのはやめてくれませんか」と怒ったというのだ。

彼はそれほどうちの店が好きだった。

一週間前にも店にのみに来たばかりで、

その日の夜も部下の昇進祝いを店でやる予定だったというのに

突然亡くなってしまった。

急性心筋梗塞で。

親しい友人の話によると、

彼は朝からパチンコをしていて

しばらくして急に心臓が苦しくなって

トイレで休もうと個室に入ってカギをかけてしまったために

そのまま閉店まで誰にも気づかれずに亡くなってしまったというのだ。


私がまだ店で働いている頃、彼は朝野球をしていると言っていた。

多少お酒を飲みすぎる日はあるものの、

身体のどこかが悪いなんて話は7年の付き合いの中で一度も聞いたことがない。

だから訃報を聞いた時は本当に驚いた。

信じられなかった。

「死」という言葉が一番似合わないお客さんだと思っていたから。


私が勤めていた店では、お客さんの誰かが亡くなると、

たいていはママ一人かそのお客さんのお気に入りの子一人がお通夜へ行き香典を届ける。

だけど今回ばかりは違った。

訃報を聞いたママはショックで店を臨時休業にした。

お通夜には私を含めて店の従業員が8人も出席した。

飾ってある写真を見ても彼が亡くなったとはとても信じられなかったが、

私は彼が店でよく歌っていた歌声が頭から離れず涙が止まらなかった。

隣を見るとママが泣いていた。

私はママの涙を初めて見た。


彼は某大会社の支店の所長さんだった。

上司にかわいがられ、部下に慕われる人柄であっても

仕事のストレスは相当なものであったと思う。

彼はそのストレスを大好きなパチンコと、

うちの店にお酒を飲みにくることで発散していた。

奥さんや息子にしてみたら

夜いつも家にいないお父さんだったのかもしれないが・・・


彼が最近はまっていたパチンコ台は

大ヤマト2

という台だったという。

私はやったことがないのでわからないが

音と光がすごいそうである。

そして上限がないので3000回転しても出ない時は出ないそうだ。

だから1日で38万円勝つ日もあれば、

20万円負ける日もあったという。



看護婦の妹に聞いたら、

彼の症状は

エコノミ-クラス症候群みたいな感じだったんじゃないかという。

確かに、狭い所に何時間も同じ体勢で座っているのは

飛行機もパチンコ屋も一緒だ。

運悪く発作が起きてしまったけれど、

発見が早ければ助かったかもしれない。


どこも悪くなかった彼は

早すぎる自分の死を受け入れられただろうか。

もしかしたら今も、

自分が亡くなったことに気づかずにいるかもしれない。


店をやめて8ヶ月。

私は来週久々に、1日だけ出勤することにした。

ママがみんなで彼のお別れ会をしようといったからだ。

「きっと彼はうちの店にきている。

彼がいつも座っていたあの席で、

彼といつも一緒に来ていた仲間たちと

楽しく飲んで騒いで彼を送ってあげよう」と。

私は泣かずに送れるだろうか。

私もママも他の子も、

ただのお客さんと従業員の間柄と言ったって、

ママにしてみれば15年、私にしてみても7年間も

毎週のようにお酒を飲んだ友達のようなものだ。


私の頭の中には

私が店を辞める日に

彼が歌ってくれた

サムエルの「ラストチャンス」が響いている。


give me a chance

 

最後に賭けてみたいんだ

once more chance

 

僕は確かめてみたいんだ

目を閉じれば 

みんなの声が聞こえてくる

give me a chance 

 願いを形にできるように

この声が君に届くように

素晴らしい明日になるように  


斉ちゃん

ありがとう。

みんな斉ちゃんのこと忘れないよ。
だからどうか安らかに。

いつでもまた店に遊びに来てね。